2010年08月20日

今日8月20日平城宮跡で打ち上げ花火があがります!

ブログご無沙汰で大変失礼いたしました。
今日から、平城宮跡で平城遷都1300年祭の夏のフェアが始まります。
平城遷都祭実行委員会は、特別協力で、光の天平行列、灯りのバルーン、
夏の夜市、ステージ「夏の夜の宴」、メッセージあんどんなどを担当させていただきます。

そして!!!
本日、午後8時より、平城京打ち上げ花火を行います。
大極殿の近くから見る花火は、圧巻です。
ぜひ、平城宮跡夏のフェアにお越しください。
入場無料。夜店も出ています。
JR奈良駅、近鉄西大寺駅からシャトルバスも出ています。
お待ちしています!


2010年02月06日

礼儀正しいふるまい

 昨秋のある日のこと。その日は、私の大切な友人が大手術を
受ける日で、私は東大寺にお参りに行った。
すると、二月堂の回廊ですれ違った小学生らしき男の子が突然
「こんにちは」と挨拶してきたのだ。先生や友だちがいる場で
挨拶する子どもはたまにいても、その子は一人でいたのに自分
から挨拶してくれて、とても驚いた。

 うれしい気持ちで二月堂にお参りした後、三月堂に行き、
不空羂索観音様の前でしばらく目を閉じ、正座をして拝んでい
た。そこに黄色い帽子を被った子どもたちが数人入ってきた。
さっき挨拶した子と同じ学校のようだ。
最初はひそひそ声が聞こえたが、突然静まり返った。
「あれっ」と思って目をあけたら、なんと私の両隣りに子ども
が座り、同じように正座をして拝んでいる。私は自分の数珠を
持って拝んでいたのだが、子どもたちは数珠のブレスを手に
持って拝んでいた。
もしかしたらお土産に買ったものかもしれないが、その姿に
また驚いた。

 私を見て「こうするものか」と真似たのかもしれないが、
それにしても先生も見ていないところで、礼儀正しいふるまい、
仏様に正座して手を合わせることが出来る子どもたちが
今の世の中にいるんだと、深く感動した。

 帰りがけに、正倉院に向かう同じ黄色い帽子の一団がいた
ので「どこから来たの?」と尋ねたところ、
「愛知県春日井市の不二小学校です」と丁寧に答えてくれた。
市立小学校だったことにもまた驚きだった。
 
 それぞれ違う場面で会った子が皆同様に礼儀正しいのは
単なる偶然だろうか。学校や家庭での教育が行き届いている
のだろうか。このような子どもたちが奈良に来てくれたこと
を本当にうれしく思った。

 今年はいよいよ平城遷都1300年
歴史やお寺に興味を持ってくれる子どもたちが増えたらいいな。

yomiっこ 2010年1月号より抜粋】

2010年01月19日

平城遷都1300年祭

 いよいよ平城遷都1300年祭が始まった。
基本的には平城宮跡事業(4/24〜11/7)と、それ以外の県内での
事業(1/1〜12/31)に分かれるわけだが、この祭りは、いわゆる
今までの博覧会形式ではない。
むしろ、県内の寺社がパビリオンであり、見えない空気が音楽のように
人々を包む。
そのメイン会場が平城宮跡という、奈良から発信する、博覧会の新しい
形の提案といえるように思う。

 宮跡では、完成したばかりの第一次大極殿の公開、平城歴史館と
なりきり体験館という2つのパビリオン、まほろばステージや
常設レストラン、売店などが、4/24にオープン。
ボランティアガイドによる探訪ツアー、衛士の交代も期間中毎日開催される。

 重点的に力を入れるのが、春、夏、秋のフェアだ。
その春のフェアで行われる「平城遷都祭2010」(5/1〜9)
私は深く関わっている。
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昨秋奈良市の事業仕分けにあがり、一時は廃止も覚悟した。
そのようなことで、ここにきて、どこまで充実したものが出来るか
わからないが、やりきるしかないと思っている。

 とらえどころのない平城京。その圧倒的な威厳を感じさせるこの
場所の魅力をどう伝えればいいのか…。
思うにそれはこの場で感じていただくしかない。
1300年間という時空と日本一広い都の跡、こんな場所、日本の
どこにもないのだ。

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 そこに大勢の人が集まって、皆でお祝いをする。
なんて楽しい幸せなことなんだろう。
ワクワクした思い出を共有するために、皆さんで一緒に創るプログラムを
いろいろ用意している。

「1300人の天平行列」
「1300人のボディドラム」
「1300人のピースメッセージ」などなど。

それに向けて、すでに多くのボランティアの皆さんに関わっていただき、
力を結集して準備を進めている。
 
奈良の持つ本物を見て、感じていただくために、
あなたもぜひ1300年祭を創る一人になってください。

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yomiっこ 2010年2月号より抜粋】

2010年01月14日

「引き際」

 福田総理大臣が安倍前総理に続き、わずか一年で辞任した。
「あなたとは違うんです」という迷言を残して簡単に政権を投げ出した格好だ。
大相撲協会では、北の湖理事長が一連の不祥事の責任をとって辞任した。
どうもご本人は理事長の座に固執していたようだが、
辞任しなければ事態の収拾がつかない状況になってから、ようやくという感じだ。

 そして今度は小泉元総理が次回の総選挙には出馬せず、
政界からの引退を表明した。
これには「潔い」という意見もある反面、今の格差社会の原因をつくり、
小泉チルドレンを置き去りにして「勝手すぎる」という声もある。
二男を後継者にしたことも小泉さんらしくない。

 一方、北京オリンピック陸上400mリレーで
銅メダルを取る立役者となった朝原選手。
「最後にメダルというプレゼントをいただいて、
みんなにお祝いしてもらいながら引退できることは最高に幸せ」
とすがすがしく引退。
そして、オリックス・バファローズの
清原選手も満員の京セラドームで打順4番、
イチロー選手もかけつけるというこれ以上ない舞台での引退試合。
セレモニーではまだシーズンを戦っている阪神タイガースの
金本選手がスーツ姿で花束を渡し、
長淵剛さんが「とんぼ」を生で熱唱するという内容は、
三冠のどのタイトルも取ったことのない選手の引退とは思えない。

 このようにわずかの期間で多くの人の退任・引退を見ていると、
「引き際」というのは本当に難しいと思う。
いつまでも現役にこだわっていると後進が育たないし、全体が停滞してしまう。
しかし、現役としてやり残したことがあると思う以上は
それをやり遂げるまでは続けたいものだろう。

その見極めは難しいが、
常に「引き際」を意識することが大事であると思う一連の出来事だった。

yomiっこ 2008年11月号より抜粋】

2009年12月27日

インターネットとうまいもん

 休日に夫婦で食事に出かけた店で、
偶然隣にすわったカップルが島根から旅行で奈良に来ていることを知った。
常連客の多いこの店をどうやって知ったのかと尋ねると
「ネットで見ました」と差し出したのは、
なんと弊社のウェブサイト「奈良っこ」のページ。
この店のほかにも数店プリントアウトして持っていて、翌日、他店に行くそうだ。

 聞くと、奈良に2泊するとのこと。
インターネットというのは本と違って、どこの地域の誰が見てくれているか
見当がつかない。
毎日のアクセスカウント数によって
今日は何人が見てくれたんだなあとわかるのだが、
何か紙媒体よりも手ごたえを感じにくい面がある。
それが島根の人がアクセスして奈良に2泊もしてくれると知り、
遠くの人を瞬時につなぐインターネットの良さを改めて実感した。

さらにそのカップル、
店が本当に美味しくて来てよかったと大満足していただいた。
この店の記事を書いたのは実は私であり、二重の喜びだった。

 こうした仕事をしていると、
本当に美味しい店って、何だろうとよく思う。
それを決定づけるのは決して味だけではない。
もちろん店の内装や雰囲気もあるだろうが、
いくらいい食材を使っていい料理を出して内装がよくても、
何か物足りなかったりする。
それはやはりサービス、つまりおもてなしにつきるだろう。

親しみのある店員さんや常連さんとの会話が弾むことで、
美味しいものがより美味しく感じたりすることもある。
そういった居心地のいい空間が出来て初めて
「美味しい」と言えるのではないだろうか。

味だけでなく、そんなおもてなしもしっかり
yomiっこの紙面やウェブサイトで伝えていかなくちゃ。
「奈良にうまいもんあり」と言われるために。

yomiっこ 2008年12月号より抜粋】

2009年12月18日

お父さん

 この頃、お父さんにも家事や育児に関わってもらおうという
動きが出ている。

 私が関わっている奈良県家庭教育推進協議会でも、
「お父さん出番ですよ、わくわく野外体験」という事業を行った。
 県内の父子約60人が、吐山の野外活動センターでフィール
ドアスレチックや自然工作などをして楽しんだ。
 参加した子どもたちは幼稚園から小学低学年の子どもたち
だったが、その時の彼らのうれしそうな顔! 普段はなかなか
遊んでもらえないお父さんと丸一日遊べるからか、
本当にいい顔をしていた。

 父親はやはり大胆だ。母親なら「危ない!」と思うところを
手も貸さずに横について見ている。子どももお父さんにいい
ところを見せたいのか、高い木の上を、怖くて泣きながらでも
あきらめずに前へ進んでいく姿には感動した。
 後日談を事務局の人に伺うと、今までなつかなかった子ども
たちがお父さんと話をしたり、お父さん同士が仲良くなったりと、
非常にいい効果を生んだようだ。

 11月に行われた、子育てを実践しているお父さんたちの
トークも興味深かった。初めて自分がやってみて妻の苦労が
わかったとか、ほめてもらえないつらさが理解できた、やろう
にもやり方がわからない人もいる、また父親の仲間がいれば
楽しく出来るといった経験談を語っておられた。

 一方で、青少年白書によると、子育て世代の労働時間は
増えており、関わりたくても関われないお父さんも多いだろう。
でも先日の野外アスレチックのように、たった一日で、父親の
威厳を取り戻すことだってある。夫婦円満のためにも、
今から積極的に子育てに関わってみては。

 きっと夕食の品数が一品増えますよ。

yomiっこ 2009年01月号より抜粋】

2009年12月10日

「卒業トイレ掃除」

 少し前、ニュースで横浜市の小学校のトイレ掃除復活がとりあげられていた。
「へえー、トイレ掃除なかったのか」と驚いた。
私の小学生時代は当番で皆が掃除していた。
それも水洗ではない20ぐらい並んだ昔のトイレ掃除は大変だった。

 そのトイレ掃除には、忘れられない小学時代の思い出がある。
当時、私は自分の小学校が大好きだった。
卒業した春休みのある日、友達と二人で小学校に遊びに行った私たちは、
大好きな学校のために何か御礼がしたくて、その20も並んだ汚いトイレを
ぴかぴかに掃除して帰った。
お世話になった先生にも喜んでもらいたかった。

 新学期が始まった全校朝礼の場で、私たちがトイレ掃除をしたことが校長
先生から皆に報告されたと、在校していた妹から聞いた。
もちろん校長先生から手紙もいただいた。喜んでほしいと思ったことを何倍
にも表現してくれた校長先生のお陰で、卒業して30年以上経つ今でも私の
心の中ではその「卒業トイレ掃除」は誇りである。

 トイレ掃除には特別な意味があると思う。
全国に広がっている「掃除に学ぶ会」は、トイレ掃除を通して、謙虚な人に
なれる、気づく人になれる、感動の心をはぐくむ、感謝の心が芽生える、心
を磨く、の5つの利点をあげている。人の嫌がるトイレ掃除だからこそ感動も
気づきも得ることが出来るというものだ。

 ところでインターネットで、奈良学園の2006年生徒会が、公約でトイレ掃除
を掲げ、3日間で全校のトイレ掃除を終えた報告を見た。
一番嫌なトイレ掃除を公約に掲げた生徒会。予想以上につらい掃除だったが
毎日有志が何人も手伝ってくれたこと、最後は感謝と意識改革が出来た話で
締めくくられていた。

 トイレ掃除で学ぶことはたくさんある。
ぜひ子どもたちにこの貴重な経験をしてほしいものだ。 

yomiっこ 2009年02月号より抜粋】

2009年12月02日

ベートーベンの目指す第九

 以前yomiっこで盲目のテノール歌手、茶木敏行さんを紹介した。
そのときの茶木さんの夢「健常者と障害者が共に第九を歌う場作り」が、
いよいよ実現に向かって動き出した。
本年11月15日、なら100年会館大ホールでのコンサートが決定したのだ。

 茶木さんは幼少の頃より視覚障害があり盲学校へ。
そこから難関を乗り越え、大阪芸術大学に視覚障害者第一号として合格。
大学院を経てドイツに7年も留学し、帰国後声楽レッスン教室「CAコンセル
ヴァトワール」を開設。
今は10代から80代まで100人の生徒を指導する。

 茶木さんの思いに賛同したピアニストの綿貫洋子さんやNPO法人地域創造
政策研究センターのメンバーが、「NSK混声合唱団(綿貫洋子団長)」を設立。
歌の練習だけでなく、障害者をどのようにサポートすればよいかも学んでいる。
ならばうちの主催事業にと、なら100年会館が申し出てコンサートが決定した。

 茶木さんは言う。「ベートーベンは死ぬ前に第九を書いています。
彼は、権力者や貴族にこびたり屈することなく生きてきて、庶民に受け入れら
れた作曲家です。
その人が最後に書いたこの曲、メロディーが単純であることから、ウイーン市民
に歌ってほしいと思った悟りの曲のように思うのです。
だから誰が歌ってもいい、少々音がはずれていてもいい、みんなで歌うことに
感動がある、それがベートーベンの目指す第九ではないでしょうか」。

 テノール、バリトン、ソプラノ、アルトだけでなく、障害者の方のためにやさしい
第五のパートも用意したり、点字の楽譜を用意したりと準備を進めつつ、
参加者を募集している。
「全員がゼロから何かをやる醍醐味」を茶木さんとともに経験しませんか。
練習日、参加費などは問い合わせを。

yomiっこ 2009年03月号より抜粋】

2009年11月25日

地域フォーラム

 薬師寺の東塔と西塔、バックに若草山という絶好のカメラスポット
である、奈良市六条町の大池。
この大池を観光スポットに出来ないものか。
そのための水質浄化にヤクルトの容器の底を切って沈めてはどうか。
そんなユニークな提案が出されたのは、
奈良県立西の京高校「地域創生コース」2年生による
「地域フォーラム」の一場面だ。

 同コースは、平成15年に教育特区の認定を受けて誕生、
毎年約40人の生徒たちが入ってくる。私も地域づくりの
講演をしに、何度か行かせていただいたことがあるが、
将来は地域に関わる仕事や地域づくりをしたいと
中学生の時点で考えてこのコースを選んだ生徒たちは
すごいなあといつも感心している。
そしてこのフォーラムは、2年生が一年かけて地域の
課題研究をし、提言を発表するものだ。
 
 フォーラムには、生徒の父兄や地域住民まで聴講に来る。
今年の2年生は7グループに分かれ、先ほどの大池の活用や、
高校がある奈良市六条地区の子どもの安全を考えた取り組み、
地震による二次災害の防災、伝統工芸である赤膚焼をどう
守り続ければいいかといった発表がなされた。

 また、現状を把握するため、住民にアンケートや聞き取り
調査を実施しているが、これで生徒や住民が顔見知りになり、
そこから地域のコミュニケーションが生まれていくのだろう。

 そして、発表内容と等しく感動したのが、生徒のおもてなし
だった。フォーラムはすべて生徒によって運営される。
会う生徒皆が「こんにちは」と笑顔で元気に挨拶してくれ、
練習したらしいお茶を丁寧に出してくれた。

 地域のことを学ぶだけでなく、きちんと挨拶し、スリッパを
出しての出迎え、おいしいお茶を入れる…。
そんな最も大切なおもてなしの基本が根本にあれば、将来の
地域づくりは「任せて安心」。がんばれ!

yomiっこ 2009年04月号より抜粋】

2009年11月20日

おくりびと

 日本、米国アカデミー賞など数々の賞を総なめにした映画『おくりびと』。
残念ながら映画はまだ見ていないが、TVのCMを見て、もう30年も前に
亡くなった祖父のことを思い出した。
家で亡くなったので、家族皆が身体を拭いたり綿を詰めたりして、旅立ち
の支度をした記憶がある。

 その頃は家で看取ることは普通だったが、今は家で死ねない社会になった。
大半の人が病院で息を引き取り、たまに家で亡くなると、警察が来て取り
調べられるという。万が一事件であったらということらしいが、悲しみの
中にある遺族としてはいたたまれないだろう。

 知人が先日、スリランカの話をしてくれた。
「スリランカでは、末期を迎える時は、家の一番いい部屋に寝かせて、
当人のわがままをいろいろ聞いて、当人が会いたい人を皆呼びます。
誰もが遠方から『功徳だ』と言って会いにきて、ずっと見守ります。
さらに、死んだらこうするんだとか、ああ言うんだとか、
死後の世界についてまるで知っているかのように、ノウハウをその人
に伝え、わいわい楽しんで送ります。
当人も幸せそうに死んでいくのです」と。
さらに
「日本も昔はお年寄りみんな笑ってたのに、今、笑っているお年寄り
がいない。明日が楽しみと言うお年寄りを見たことがない」と続けた。

 本当にそうだ。ずっと昔の日本は、家庭の中で、近所で、お年寄り
を大切にする社会だった。お年寄りは尊敬すべき存在だった。
そんな社会に戻さないと大人を尊敬する子ども、未来に目的を持って
生きる子どもは育たないと思う。

 皆同じように老いていき、自分も送られる側になる。
笑っていい死に方が出来るような社会に戻すのは、今からでも遅くない。
まずはちょっと見方を変えること。
日頃かけない言葉をかけてみること。
目の前の一歩から始めてみたい。

yomiっこ 2009年05月号より抜粋】